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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)70674号 判決

原告

遠山満昭

右訴訟代理人

田辺幸一

右訴訟復代理人

若柳善朗

被告

水沢峰子

被告

水沢源蔵

右両名訴訟代理人

副聰彦

主文

一  原告と被告ら間の東京地方裁判所昭和四九年(手ワ)第二二四六号約束手形金請求事件について同裁判所が昭和四九年一二月四日に言い渡した手形判決を取り消す。

二  原告の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自二八四〇万円及びこれに対する昭和四九年九月一日以降完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文二、三項と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、別紙約束手形目録のような手形要件が記載され、裏書の連続する約束手形一通(以下「本件手形」という。)を所持している。

2  被告水沢峰子(以下「被告峰子」という。)は、本件手形を振り出した。

3  被告水沢源蔵(以下「被告源蔵」という。)は、本件手形に支払拒絶証書の作成を免除して、裏書をした。

4  本件手形は、満期の日に支払のため呈示されたが、その支払を拒絶された。

5  よつて、原告は被告らに対し、合同して本件手形金二八四〇万円とこれに対する満期の日以後である昭和四九年九月一日以降完済まで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1ないし4の事実は、いずれも認める。

三  抗弁

1  被告源蔵は、昭和四九年八月一四日訴外大堂殖産株式会社(以下「大堂殖産」という。)こと訴外岡村朋彰(以下「岡村」という。)から、北海道樺戸郡新十津川町字幌加二四〇番の一ないし五の原野(総面積四万〇四八九坪平方メートル)(以下「本件土地」という。)を代金三八四〇万円で買い受けた。

2  被告源蔵は、右売買代金の一部の支払のために、本件手形に白地裏書をなし、被告峰子はそれを保証する趣旨で本件手形を振り出し、被告源蔵が岡村に対し本件手形を交付したものである。

3  ところで、被告源蔵が岡村から本件土地を買い受けたのは、次のとおり岡村および訴外八峠邦芳(以下「八峠」という。)らの詐欺により転売可能性があるものと信じたからである。

(一) 岡村は、本件土地が実はその三分の一ほどが春季の融雪時には冠水してしまうような低湿地であり、その他の三分の二ほどが急傾斜地であつて、実際の価額は、五二万九〇〇〇円程度にすぎないのにもかかわらず、前記売買契約の締結に際し、本件土地が一平方メートル当り九五〇円(総額三八四六万四五五〇円)の価額を有する旨被告源蔵に告げて、欺き、その旨誤信させた。

(二)(a) 訴外回春堂貿易株式会社(以下「回春堂」という。)の代表取締役牧村律と称する八峠、同金子義衛(以下「金子」という。)らは、回春堂が被告源蔵から本件土地を買い受け、その代金を完済する意思も資力もないのにもかかわらず、あるように装い、被告源蔵と八峠との間で、昭和四九年八月一三日、代金四八〇〇万円とする売買契約の締結に導き、その際、八峠は被告源蔵に対し、手付金三〇〇万円を交付して、残代金についても支払期日である同月二八日に確実に支払が受けられるものと誤信させた。

(b) 岡村は、被告源蔵の転売可能性についての誤信が右のような八峠らの欺罔行為にも由来することを知つていた。

4  原告は大堂殖産こと岡村から、取立委任の趣旨で本件手形の裏書譲渡を受けた。

5  原告は、前記3の事情及び被告らを害することを知りながら、大堂殖産こと岡村から本件手形の裏書譲渡を受けた。

6  被告源蔵の代理人副聰彦は岡村に対し、昭和五〇年一月一五日ころ到達の書面によつて、本件土地売買契約における買い受けの意思表示を取り消す旨の意思表示をした。

7  したがつて前記本件土地の売買契約は取消され、本件手形行為は原因関係を欠き、原告に対して支払義務はない。〈以下、事実省略〉

理由

一請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

二そこで、抗弁について判断する。

1  1及び2(本件手形振出、裏書の原因関係)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

2  3(岡村および八峠らの詐欺)の事実について

〈証拠〉によると次の各事実が認められる。

(一)  岡村は、昭和四八年一〇月、本件土地を約六〇〇万円の貸金債権の代物弁済として取得したが、その後、知り合いの不動産業者や八峠らに本件土地を代金一四〇〇万円で売却してくれるよう仲介を依頼していた。

(二)  岡村は、八峠からの指示に従つて、本件土地の価額を一平方メートル当り九五〇円と表示した広告を作成し、昭和四九年七月二九日、被告源蔵にこの広告を交付した。

(三)  岡村は、昭和四九年八月一日ころ、被告らから本件土地の現地案内を依頼されたので、札幌市に居住する山下実にその案内を依頼したが、その際、同人に対し、本件土地の売り値を約四〇〇〇万円としてあるので、岡村がいくらで本件土地を取得したかを被告らに秘して欲しい旨依頼した。

(四)  本件土地は、その約三分の一が春季の融雪時には冠水してしまうような低湿地であり、その他の約三分の二が四五度前後の急傾斜地であつて、昭和五〇年五月二六日に開始された強制競売における本件土地の鑑定評価額及び最低競売価額は五二万九〇〇〇円であつた。

以上(一)ないし(四)の事実を総合すると、岡村は本件土地の客観的価額を明確に認識してはいなかつたものの、被告源蔵に対する売り値三八四〇万円の半額にも満つる価値を有しないものであることを知りながら、被告源蔵に対し、一平方メートル当り九五〇円(総額三八四六万四五五四円)の価値を有するものである旨告げて、被告源蔵を欺き、その旨誤信させたものと認めるのが相当であり、この認定を左右するに足りる証拠はない。

〈証拠〉を総合すると、被告らの主張する抗弁3(二)(a)の八峠らの詐欺事実がすべて認められ、この認定に反する証拠はない。

〈証拠〉によると、岡村は、八峠らの前判示(抗弁3(二)(a)の事実)のような欺罔行為の詳細についての明確な認識まで有していたものとは認め難いが、その、被告源蔵をして本件土地を回春堂に転売することができるものと誤信させ、岡村との間の本件土地売買契約締結にいたらせた八峠らの一連の欺罔行為に及ぶおおよそを知つていたものと推認するのが相当であり、右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  4(隠れた取立委任裏書)の事実について

4の事実のうち、原告が大堂殖産こと岡村から、本件手形の裏書譲渡を受けたことは当事者間に争いがない。

〈証拠〉によると、次の各事実が認められる。

(一)  岡村は原告に対し、昭和四九年八月一七日ころ、本件手形の割引先を探してくれるように依頼したが、割引がなされないうちに満期の日が迫つてきたので、岡村は、同月二九日ころ、将来本件手形金を取り立てるには、第三者である原告がその任に当つた方が有利である旨の原告の言に従つて、本件手形を原告の銀行口座に振り込んだ。

(二)  原告は、本件手形の満期の日以前に、被告ら又は支払場所である軽井沢町農業協同組合に対して、何らの問合わせをしなかつた。

(三)  岡村は、本件手形が不渡りになつた後、八峠に本件手形の処理について相談したところ、同人から手形訴訟を提起するように言われたので、弁護士に依頼したうえ、原告を手形所持人とする本件訴訟を提起した。

(四)  岡村は、後記のとおり被告源蔵名義に所有権移転登記が経由されている本件土地に対し、主文一項掲記の手形判決によつて、昭和五〇年五月二八日、原告名義で強制競売の申立をし、同年一〇月一五日、原告名義で競落した。

以上(一)ないし(四)の事実を総合すると、原告が大堂殖産こと岡村から本件手形の裏書譲渡を受けたのは、取立委任の目的によるものと認めるのが相当である。

もつとも、原告本人は、門倉延一なる人物から原告が二五〇〇万円を借り受け、岡村に対し右金員を本件手形の割引金として交付した旨及び本件土地に対する強制競売の申立をし、競落したのは原告自身である旨供述するが、前掲各証拠に照らし信用することができない。

4  6(取消の意思表示)の事実は、当事者間に争いがないので、前記1ないし3の判示事実により本件土地の売買契約は有効に取消されたものであり、被告らは、本件手形行為について、原因関係を欠くことを以て原告に対抗できるといわねばならない。

以上の次第で、被告ら主張の抗弁は、その余の点について判断するまでもなく理由がある。

三次に、再抗弁について判断する。

被告源蔵が、昭和四九年九月一〇日、本件土地の所有者を被告源蔵とする移転登記手続を了したことは、当事者間に争いがない。

被告峰子本人は、八峠から、昭和四九年八月二七日、残代金の支払ができない旨の連絡を受けたときに、本件土地売買について疑義を抱き、同年九月一〇日、再度本件土地を訪れたとき、現地が低湿地であることに気付いた旨供述するところもあるが、右供述の程度では、被告源蔵において、同日当時、前記二判示のような岡村らによる詐欺の事実を知つていたことを認めるに足りる的確な証拠とはいえず、登記自体も、被告峰子本人の供述および弁論の全趣旨によれば、万一事故発生の場合における損害の担保確保を目的としてとりあえず手続に及んだものとするも、本件土地の売買契約の追認の意思をもつてなしたものとはなし難い。他にこれを認めるに足る立場もないので、原告主張の再抗弁は採用することができない。

四結論

以上の事実によれば、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきであり、これに反して原告の請求を認容し、被告らに訴訟費用の負担を命じた主文一項掲記の手形判決は不当であるから、これを取り消すこととし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(舟本信光 末永進 田中豊)

約束手形目録〈省略〉

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